もるたん主義

国際政治学のブログ

パワー分布と国際システムの安定

前回、国際システムのパワー分布にどのようなタイプがあるかというお話をしました。今回は「パワー分布と国際システムの安定性」についてのお話をしたいと思います。国際システムにおけるパワー分布(大国=極の数)は国際システムの安定と関係があるのだろうか。あるのだとしたら、どのようなパワー分布のときにシステムは安定し、また不安定になるのだろうか、というテーマです。これは戦後米国の国際政治学で長らく論争が続いてきた問題であり、あらかじめ言ってしまえば、この論争に決着はついていません。ですが誰がどのような主張を提唱したのかを概観するだけでも面白いので、紹介させて下さい。

◆均衡か不均衡か?

パワー分布とシステムの安定についての主張は二つに分けることができます。すなわち「複数の国家のパワーが均衡(拮抗)している時に安定する」という主張と、逆に「不均衡の時に安定する」という主張です。前者には多極安定論二極安定論が、後者には単極安定論覇権安定論があります。「単極」と「覇権」はしばしば互換的に使われていますが、ここでは一応区別して紹介します。

◆議論の難しさ

この議論をする上で難しいのは第一に「安定」という言葉の定義の仕方です。 「システムが安定している」という状況は何を意味するのでしょうか。最も単純には「戦争が起きていない、かつ起こりにくい状況」と捉えることができます。 つまり戦争が起こる頻度が低いということですが、しかし一度勃発した戦争が長期間続くような状況を想定すれば、頻度という概念は意味をなさなくなります。 また「頻度は高いが、小競り合い程度の小規模の紛争が頻発するような状況」を想定することもできますし*1、「戦争は起きにくいが、一度起きれば大規模な戦争 になり得る状況」を想定することも可能です。

さらに、「戦争」をどのように定義するかも問題です。システムを構成する極同士、すなわち 「大国間の戦争」と定義すると、冷戦時代、これは一度も勃発しませんでした。米国とソ連はついに直接戦火を交えることがなく、ソ連と中国の小競り合いを除けば大国間の戦争は一度も起きなかったのです。*2しかしこの大国間の戦争を「大国が関与する戦争」と拡張すると、米国が関与したベトナム戦争ソ連が関与したアフガニスタン戦争が勃発した冷戦時代はとても安定していたとは言えなくなります。

このように「安定」とは曖昧な概念であり、論者が異なった定義をすれば異なった結論が生じうることをあらかじめ知っておいて下さい。今回は様々な国際政治学者の主張を紹介したいだけですので私が改めて厳密に定義することは避け、議論の難しさを指摘するに留めておきます。その他にどのような国家を「大国」と呼ぶのか、「パワー」とは何を指すのかといった問題もありますが、これは改めて議論したいと思います。

◆多極安定論――ドイッチュ、シンガー

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同程度のパワーを有する複数の大国が並存している国際システムでは戦争は勃発しにくいという考え方です。この考え方の思想的源流は近代ヨーロッパの勢力均衡論に遡ることができます。18世紀の思想家ヒュームはヨーロッパの多様性を維持する方策として勢力均衡の原則を支持し、19世紀の歴史家ランケも、唯一つの強国――例えばルイ14世やナポレオンの時代のフランス――によるヨーロッパ支配の野望を挫くため、並びにその他の国々の独立と安全を確保する手段として均衡論を評価しました。

これを理論として整理したのがドイッチュとシンガーです。彼らによれば、大国の数が増えるほど柔軟な同盟形成が可能となるため、一国の勢力拡大を未然に防ぎ、戦争に至ることなく勢力の均衡を維持することができます。また、相互作用が増加・複雑化するのとほぼ反比例して特定の国家への関心が減少するために特定国との緊張は生じにくくなること、戦争を遂行するにあたって検討すべき要素が増すために戦争に訴えにくくなることをその根拠として挙げています。

◆二極安定論――ウォルツ

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ケネス・ウォルツは二極安定論の代表論者で、冷戦期の米ソ二極システムを肯定的に捉えました。パワーの拮抗した二つの超大国が存在している場合、注視すべき相手国がただ一ヶ国なので、政策決定者の誤認は少ない。両者とも相手国の動向についてのみ注意を集中していればよいので現状を正確に把握しやすく、相手国の対外政策にすぐに対応することができる。結果、偶発的な戦争、誤認に基づく戦争はその機会を減らす、という根拠です。

多極システムでは対応しなければならない相手国の数が多く、極の数が増すほど、政策決定者が扱わなければならない情報、検討しなければならない要素は増えていきます。例えばA、B、C、D、Eの五つの大国がある場合、Aを対象とした同盟の可能性はB+C、B+D、B+E、C+D、C+E、D+E、B+D+E、B+C+E、B+C+D、C+D+E、B+C+D+Eの11通りが考えられます。このような複雑性の高い多極システムでは、誤認や偶然による戦争勃発の可能性が高まるとウォルツは考えたのです。

◆単極安定論――オーガンスキー

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他国の追随を許さない圧倒的な超大国が存在する時に戦争の発生は最も低いというのが単極安定論です。オーガンスキーは、戦争勃発の可能性が高まるのは、勝利の可能性が見込める程度に勢力が拮抗し、戦争以外に目的を実現する手段がない時であると考えました。単極システムにおいては、超大国としては戦争を起こさなくても他国に自国の要求を飲ませることができ、小国としては戦争に訴えても勝利の可能性が見込めない。したがって戦争が勃発する可能性は低いというわけです。

◆覇権安定論と「覇権後の安定論」――ギルピンとコヘイン

覇権国が存在するとき国際秩序は安定するというのが覇権安定論ですが、ここで覇権国は単なる超大国とは区別され、「国際公共財を提供して国際社会全体の安定に貢献する国家」として定義されます。これを唱えたギルピンは、戦後米国が自国の市場を開放し、金ドル本位体制を確立させたように、覇権国が供給する公共財は覇権国自身のみならず他国にも利益をもたらすので、各国が現状の変更のために戦争に訴える誘因は減ると論じました。

ギルピンの覇権安定論に対して「覇権後の安定論」とでも言うべき国際制度論を唱えたのがコヘインです。ギルピンは国際秩序維持のために覇権国が必要であると考え、また覇権国の地位の衰退とともに今あるルールや規範、国際制度は崩壊し、新しい覇権国の登場によって再構築されると説いたのですが、それに対してコヘインは、覇権国の衰退後の世界においても一度構築された諸制度は生き延び、諸国家がそれを活用することで国際協調関係は存続すると反論しました。

◆原田至郎の実証分析

多極安定論、二極安定論、単極安定論の考え方を紹介しましたが、そのどれも理屈としてはそれなりに説得力を持ち、それらに対する反論もまた説得力を持ちます。どの考え方が正しいかを判断するには、実際の歴史と照らし合わせた実証分析が不可欠です。*3ここではユニークな実証分析として有名な原田至郎の研究を紹介したいと思います。*4原田の分析のユニークな点はパワー分布を「国際システム」全体として捉えるのではなく、海洋と大陸という二つの舞台に分けて考えたところです。これは、海空軍を主体とした海洋におけるパワー分布と、陸軍力を中心とした大陸のパワー分布が、同時期において必ずしも一致しないためです。*5

1495年から1989年までに発生した198の戦争を対象とした原田の分析では結果は以下のようになりました。

大陸

戦争の頻度 二極>多極>単極

戦争の規模 単極>多極>二極

海洋

戦争の頻度 二極>単極>多極

戦争の規模 多極>単極>二極

この結果からいえることは、第一に、海洋においても大陸においても、パワー分布が二極のとき戦争は起こりやすいが、その規模はあまり大きくならないということです。第二に、安定のための条件は戦争の発生頻度と規模とで正反対であること。例えば大陸が単極の時代では、戦争は起こりにくいが、一度起これば大規模な戦争に発展することが予想されます。そして第三に、戦争の頻度と規模の両方を最小にするようなシステム安定条件は存在しないということが明らかになりました。

原田はさらに戦争を大国間戦争、大国対非大国の戦争、非大国間戦争に分け、それぞれの発生頻度について調べたのですが、その結論は少し意外なものでした。海洋においても大陸においても、パワーの分布と大国の関与する戦争とでは、統計的な関連は見られなかったのです。パワー分布が有意な影響を与えていたのは実は非大国間の戦争でした。このことは、大国は国際システムからほとんど影響を受けずに対外政策を決定すること、国際システムの影響を受けるのはパワー分布と無関係な非大国であることを示唆しています。

それまでは「システムから影響を受けるのはシステムを構成する大国のはずである」という暗黙の了解がありました。しかし原田の研究結果は、「大国はシステムの状態如何にかかわらず、戦争をすると決めればするし、しないときはしない。システムの状態に左右されるのは極を構成しない中小国の方である」という当たり前のようで誰も唱えたことのなかった新しい仮説となったのです。

◆◆◆

第三回「パワー分布と国際システムの安定性」は以上です。

最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました。

蓮野もる。

 

 

*1:例えば17世紀後半~18世紀のヨーロッパは制限戦争の時代であり、戦争は頻発したものの、それらは比較的規模の小さいものでした。

*2:これをもって冷戦史家ジョン・ギャディスは冷戦時代は「長い平和」であったと唱えました。

*3:もっとも、実証分析によって吟味されるのはあくまでそれぞれの安定論の結論のみであって、根拠の正しさまでも吟味されるものではない点に注意しなければなりません。

*4:原田至郎「世界システム・レベルの戦争相関因子――力の分布構造と世界経済の状態」山本吉宣田中明彦編『戦争と国際システム』東京大学出版会、1992年。

*5:田中明彦は、冷戦期、大陸ではずっと二極であったが、海洋では1970年代頃まで米国の一極支配が続いており、それ以後のソ連海空軍の軍備増強に伴って二極になったと指摘しています。現在の国際システムを観察すれば、海洋においては米国の海空軍力が圧倒的な優位を誇る米国一極支配であり、大陸においてはロシアや中国の陸軍力も大きく、多極であると言えます。